1年前に麗江荒野の国で撮影したこの写真セットを今になって見返すと、まるで前世のこと(恍若隔世)のような不思議な感覚を覚えます。当時、ちょうどボードレールの『パリの憂鬱』にある「秋の日差しは帰り道を忘れて楽しんでいるかのようで、すでに緑がかり始めた空に、いくつかの黄金色の雲が旅する大陸のように漂っている」という一節を読んでおり、その遥か(悠远)で奇妙な情緒(意境)に一瞬で心を撃ち抜かれました。それがちょうど私たちが麗江で準備していたこの屋外ロケと見事にマッチしたため、この「風に乗って進む」という創作の試みが生まれました。
多くのフォロワーさんから「1枚目の写真で木板の上に座っているのに、まるで魔法のほうきに乗って空を飛んでいるように見えるのはなぜ?」と聞かれました。実はこの空気感(雰囲気)が生まれたのは、あの秋の午後の、温かくもどこかひんやりとした絶妙な光線と、帽子の縁のレースを優しく揺らしたそよ風(微风)のおかげです。さらに私が手に持っている少しユニークなデザインのゴールドのステッキと、当時のほんの少し見上げるようなスナップ(抓拍)が相まって、偶然にも躍動感と童話のような錯覚を残してくれた、素晴らしい秋の撮影となりました。
今回の撮影地である「麗江荒野の国」は、こうしたレトロで幻想的なテーマ(復古幻想題材)に本当にうってつけの場所です。屋外(外景)エリアにあるあのディストピア(废土风)なトタン小屋、打ち捨てられた列車の車両、および錆び(铁锈)と原木が織りなす質感は、枯れたアシ(芦苇)や晩秋的青空と組み合わさることで、色彩のコントラストが非常に心地よく映えます。一方、室内エリア、特に改造されたキャンピングカー風のブックカフェ(房车书屋)は、木製の書棚や色褪せて黄ばんだ古書で埋め尽くされ、レトロなランプ(煤油灯)やラジカセ、ギターなどが置かれており、空間全体にとても静謐なアンティーク(复古)な空気が満ちていました。写真4と写真5で私がめくっている古いアルバムや、赤い模様の入った古書も、この環境の演出によってまるで「魔法書」や「旅の絵日記」のような雰囲気を醸し出し、キャラクターをこのシチュエーションの中にとても自然に「生かす」ことができました。
スタイリングのディテールについて言うと、黒ベースの広いつばの帽子に白いレースの縁取りは確かに大きな特徴です。衣装には生成り色(米白色)のランタンスリーブブラウスをインナーに選び、外側には赤いリボンがアクセントになった黒いベルベットのベスト(马甲)、そしてイエローブラウンのエプロンと、何重にも重なった白いレースのスカートの裾をコーディネートしました。この配色は太陽の光の下でレトロでありながらもお茶目なレイヤー感を表現してくれ、ロングスカートの素材やエプロンの切り替えが、歩いたり腰掛けたりした時に自然と広がるため、画面にいっそうの躍動感を与えてくれます。
1年以上が経過し、正直なところ、今より成熟した視点で見返すと、当時のメイクの細部、プロップ(小道具)の固定方法、あるいは一部のカットの構図などには、確かに多くの未熟さや青臭さ(青涩)が見て取れます。今同じ撮影をするなら、動きの大きさ、眼差しのニュアンス、プロップとの掛け合いなどをもっと洗練(精致)させられたと思います。しかし面白いことに、まさにその「気気取らない(不刻意)」撮影状態こそが、あの年の私たちの最もリアルな姿を残してくれました。計算され尽くした立ちポーズも、ガチガチに緊張した表情もなく、麗江の高台の太陽の下でのんびりと気ままに過ごす空気や、カメラマンの「鉄板イカ(铁板鱿魚)」先生との現場での即興のコミュニケーションと化学反応が、かえってこの写真セットに、過剰にパッケージングされていない「幻想の味わい」という深み(レイヤー)を与えてくれた、特別なレトロ風コスプレになりました。
コスプレ(Cosplay)というものは、外見をキャラクターに似せるだけでなく、キャラクターと自分自身、そして周囲の環境との間に生まれる共鳴を見つけ出すことこそが何よりも重要だと感じています。この写真セットは完璧ではないかもしれませんが、あの秋の午後、私たちが光と影を追いかけ、風を感じ、東方Projectの幻想の旅を心から楽しんだリアルな瞬間をしっかりと記録しています。これこそが私にとってのコスプレの最大の魅力であり、今でもこの活動を続けている原点(初心)なのです。